PCにBluetoothで接続したワイヤレスヘッドホンやイヤホンでYouTubeを見ていると映像よりも音声が遅れて聞こえてくることに違和感を感じたことがないだろうか。
この映像と音声が合っていない現象は通称「音ズレ」とも呼ばれるが、ワタシはこの音ズレが心底嫌いなのだ。
スピーカーで音を鳴らしているときには音ズレが起こらないので、PCや周辺機器の問題ではなく、Bluetoothが原因だと分かり、遅延について調べることにした。
そもそもBluetoothの音声伝送に遅延が起こるのは仕方がないことだ。
Bluetoothの限られた帯域かつ不安定な通信環境でも、安定して音声を送受信できるよう、送信端末側では音声信号を圧縮し、パケットに小分けして送っている。
音声信号の圧縮行程だったり無線による送受信過程が追加されるから、Bluetoothは有線に比べて音声の遅延が大きくなるのは当然だ。
特に影響が大きいのが音声圧縮技術(コーデック)の違いだ。コーデックによって音質や遅延時間が変わってくる。
※参考1 大島 勉|英 CSR 社 aptX Low Latency コーデックの紹介
Bluetoothで広く使われているコーデックごとの遅延時間を表にまとめた。
コーデック名 | SBC | AAC | aptX | aptX Low Latency | aptX HD | aptX Adaptive | LDAC |
---|---|---|---|---|---|---|---|
音声遅延時間 [ms] | 230 ±70 | 190 ±50 | 130 ±50 | 30 ±10 | 150 ±20 | 50 ±30 | 160 ±50 |
サンプリング周波数 / 量子化ビット | 48kHz /16bit | 48kHz /16bit | 48kHz /16bit | 48kHz /16bit | 48kHz /24bit | 48kHz /24bit | 96kHz /24bit |
低遅延対応 | × | × | × | ○ | × | ○ | × |
※参考2 マクニカ Qualcomm aptX | Bluetoothオーディオの品質向上に貢献
※参考3 遅延測定はSoundsightR調べによる
iOSで主流のAACコーデックはおおよそ190ms、Androidで主流のaptXでは130msの遅延が起こる。
遅延時間の程度は使っているスマートフォンやワイヤレスイヤホンのデバイス、電波環境よって変化するため一概にこれだけ遅れるとは言い難い。
一部のスマホでは音ズレが起こらないよう、わざと映像側を遅らせる処理をしているようだ。そんな環境だと音ゲーでもしない限り、Bluetoothの音声遅延には気づかないだろう。
さて、話題をPCに戻そう。
実はPCでもaptXが使える。Windows10やmacOS(Catalina以降)が最新版にアップデートされていればSBC/AAC/aptXのコーデックにOSレベルで対応している。
aptXはひと昔前のSBCコーデックに比べて音声遅延が大幅に抑えられている。そんなaptXでも130msもの遅延が起こるので、YouTubeでミュージックビデオやTHE FIRST TAKEなんかをワイヤレスイヤホンで見た日には、音ズレの違和感に気づく人も多いのではないだろうか。
aptXを使っていても音ズレの不満を感じちゃう人には、次のいずれかの策がオススメだ。
1. 独自の無線方式を用いたヘッドホンを使用
音声遅延が致命傷になるゲーミング向けワイヤレスヘッドホンでよく使われている方式だ。
遅延が大きいBluetoothではなく、メーカー独自の無線方式を採用することで、音声遅延を極力抑えるよう設計している。
ヘッドホンの使用方法はとっても簡単で、ワイヤレスヘッドホンを購入すると専用のUSBトランスミッターが付属してくる。それをPCに挿すだけ。
PCの出力音声を高音質&低遅延のままワイヤレスヘッドホンで再生できるし、さらに付属マイクの録音もワイヤレスでできる。
この方式は、マイク音声をBluetoothよりも高品質に録音できることが特長で、利用シーンによってはメリットがかなり大きい。例えばオンラインゲームでボイチャをよく使う人や、Web会議には最適だったりする。
対するデメリットは、ゲーミング用品なので好みを選ぶこと、付属のUSBトランスミッターとヘッドホンの組み合わせでしか利用できない。
2. aptX Low Latency対応の送信機とヘッドホンを使用
ワタシが選択したのはこちらの方式。
aptX Low Latency(以下、aptX-LL)とは、aptXの音質はそのままに、さらなる低遅延を図ったBluetoothの音声圧縮コーデックだ。aptX-LLの遅延時間は30msecでaptXの1/4とかなり短い。
aptX-LLはaptXと似ているが、互換性はない。Windows10やMac、スマートフォン単体では利用できず、別途aptX-LLに対応したBluetooth送信機(トランスミッター)とイヤホン・ヘッドホンが必要だ。
この機器を自分好みに選択できることもaptX-LLの醍醐味だと思っている。ここではワタシが愛用しているものを紹介する。
aptX-LL対応の送信機
1Mii B03Pro
2本の外部アンテナが目立つ、高級感のあるBluetoothトランスミッター。Bluetoothによる音声の送信も可能だが、受信も可能。
この手のトランスミッターはAnker製をはじめバッテリー内蔵式がなぜか多い。正直バッテリーの使いどころがないので、むしろバッテリーが入っていない機器を選択した。
B03Proは外部アンテナなので電波の飛びがよく、送信機から2部屋先くらいまで離れてもワイヤレスヘッドホンでストレスなく音楽を楽しめる。後述のBT-W3より結構気に入っている。
- Bluetoothバージョン:5.0
- 対応コーデック:SBC / AAC / aptX / aptX-LL / aptX-HD
- 音声入力:3.5mmミニプラグ / 光デジタル
- 電源:micro USB
コーデックはペアリングした機器で利用可能なコーデックのうち、上位のものが自動選択される。機器がaptX-LLもしくはaptX-HDに対応していた場合のみ、本体右上のスイッチでLL / HDが切り替えられる。
この機器はなんと2台のBluetoothイヤホン・ヘッドホンとペアリングができて、カップルでイチャつきながら音楽を聞く?こともできる。昔は3.5mmオーディオジャックの分配器とか買ったよね。これも時代の流れか。
Creative BT-W3
USB-CでPCやSwitch、スマホなんかと接続できるとってもちっちゃなBluetoothトランスミッター。USB-C → USB-Aの変換アダプタも付属しているので、USB-Aの機器でも使える。
前述の1Mii B03Proと大きく違う点が、PCに接続するとUSBオーディオとして認識されること。オーディオ入力に対応しているので、イヤホン・ヘッドホンのマイクを使ったボイスチャット※も利用できる。
※トランスミッター側でHFP modeに切り替えが必要
ただBluetoothの仕様上、録音側の音質がとても悪い。そのような用途ならBluetoothではなく、クリアな音声でやり取りができる独自無線方式のワイヤレスイヤホンを強くオススメする。
※参考4 PC Watch | Windows 10はBluetoothの高音質通話「HD Voice」に対応したのか?
- Bluetoothバージョン:5.0
- 対応コーデック:SBC / aptX / aptX-LL / aptX-HD
- 接続:USB
コーデックの切り替えはトランスミッターの先端にあるボタンで自由に選択できる。
USBで電源も要らないので、PCやスマホにただ挿すだけで良いのとても手軽に使えるのが良いところ。
aptX-LL対応のイヤホン・ヘッドホン
aptX-LL自体がaptXよりも後発の技術なので、こちらもまだ対応している製品は少ないと言える。
SHURE AONIC 50
数あるワイヤレスヘッドホンの中でも、対応しているコーデックの種類がめちゃくちゃ豊富なヘッドホン。aptX,aptX-HD,aptX-LL, LDAC,AAC,SBCをサポートしている。
Bluetoothバージョンは5.0。製品仕様からClass 2(見通し10m以内)相当と思われる。
Bluetooth以外にも有線接続(3.5mmミニプラグ,USB-C)に対応していて、スペック上は申し分ない。
当然、今どきのノイズキャンセリングと外音取り込みも備わっていてスペック上ではソニーのWH-1000XM4を上回っていると勝手に思っている。
WH-1000XM4に比べてAONIC 50が負けているのは、ハイレゾ対応とノイズキャンセリングの効果が弱いことくらい。
さて、ワタシがWH-1000XM4ではなく、SHURE AONIC 50を選択したのはaptX-LLに対応しているからだ。実際のaptX-LLを使用した感想を紹介したい。
aptX-LLの効果は絶大で、今まで悩んでいた音ズレがまったく感じられなくなった。aptX-LLの遅延時間は40msec以内になるようシステム設計されているので、ほぼ有線のリスニング環境に近い遅延時間となる。
音質についても、aptXやaptX-HDと聞き分けられないくらい優れていると感じる。ただワタシは192kbpsのMP3とハイレゾ音源(FLAC)を全く聞き分けられないショボい耳なので、超個人的な感想程度に受け取ってほしい。
ただしノイズが入る場合も
先述のBluetoothトランスミッターとワイヤレスヘッドホン AONIC 50、コーデックはaptX-LLの組み合わせで、音楽の途中でプチッとノイズが入る場合がある。単発の瞬時的なノイズを「クリックノイズ」と呼ぶらしい。
もちろん、ノイズの発生原因を探ることもした。最初は送信元を疑い、Bluetoothトランスミッターを1Mii B03ProからCreative BT-W3へ機種を替えたが、ノイズの混入は解消しなかった。
結局は原因がつかめていないが、送信側の問題ではなくヘッドホン側か電波干渉によるノイズと思われる。
Bluetoothは2.4GHz帯の無線なので、USB3.0や電子レンジの電磁ノイズ、Wi-Fiに干渉しやすいのは有名な話。
ただ、コーデックの種類をaptXやapt-HDにするとノイズがまったく入らなくなるので、おそらくaptX-LLのノイズ耐性が他と比べて低いのではないかと疑っている。aptX-LL対応機器のレビューを見ていると、同じクリックノイズに悩んでいる人が目につく。
現状としてはaptX-LLを使用している場合でもクリックノイズが混入する頻度がたまに(10分に1回くらい)なので、個人的には我慢できる範囲。またトランスミッターの電源を入切するとノイズが入らなくなったりと、調子の良し悪しがあって気難しい。
そんなわけで、aptX-LLに満足しているかと言われるとそうでもない。やっぱりノイズが入らないリスニング環境がベストだし。
話は変わるが、1Mii B03ProやCreative BT-W3のBluetoothトランスミッターはコーデックをすぐに切り替えられるのでありがたい。映像を見るとき&ゲームはaptX-LLで、音楽を聞くときはaptX-HDという使い分けをしている。
aptX-LLに対応したBluetoothトランスミッターとヘッドホンを購入したことで、PCでの動画再生時にイライラしていたワイヤレスヘッドホンの音ズレを解消することができた。
aptX-LLは他のコーデックと比べても明らかに低遅延で、音ズレをまったく感じさせない。さらに音質もaptXと変わらない。その一方で、機種にもよるがノイズが入ってしまうことがあり、一長一短なコーデックだと思う。